A long time ago in a White Beach

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long time ago

〈人知らぬ風が、おまへの髪を叩きつけ〉
〈なんにも知らぬおまへの心に、あやしい響きを伝へたからだ〉

海辺の売店で女はラムネを買い、私は店の人に、豆腐に生醤油をかけてもらつた。縁台に腰を下ろし、女に訊いた。
〈きみも食べる?〉
女はラムネを一口のみ、海の方をながめた。色白の頬に、うすいそばかすがある。私はすきだつたが、女は少し気にしてゐた。小面に似てゐる面差しで、全体に調和がとれて美しい。
〈腹へつてない?〉
〈…ちゃん、お腹すいてるんだつたら、あそこのスープでものんだら。少し塩辛いけど〉
スープとは海のことか。私も疲れて不機嫌だつたが、ぶつける相手がいない。

海辺であれ程、蚊におそわれるとは思はなかつた。昨日、私たちは海岸でテントを張り、一夜過ごしたのである。あの蚊の大群は、どこから来たのだらう。蚊を追い払うので一睡もしなかつた二人が、並んで座つてゐる。遥か遠くに、バスの影が見えた。どうやら近づいて来るらしい。

〈帰つたら、キューカンバー・サンドで、ビールでも飲みたいね〉

女は無言のままだつた。ラムネの壜を手に、誰もいない海をみつめてゐる。

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